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西宮センターエリア

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歴史を感じさせる史跡が随所に残る街、塚口エリア

塚口さんさんタウン
塚口さんさんタウン

尼崎市の北側に位置する塚口エリア。近隣には、病院やスーパーマーケット、銀行、レジャー施設といった便利で生活に潤いを与える施設が揃う。エリア周辺にはJR福知山線と阪急神戸線が通り、アクセス環境も良好。梅田や三宮への移動は電車1本で、さらに京都方面へもスムーズに移動ができる。

大阪方面から有馬温泉へ湯治に向かう道として古くから賑わった有馬道。有馬道には2つのコースがあったことが知られており、そのうちの1つ間道(旧道)は、神崎川・猪名川・藻川が合流する神崎から、下坂部・久々知・塚口を通って伊丹へ抜ける道だ。そのため、塚口は有馬道沿いの在郷町として栄えた。

武庫之荘の街並み
武庫之荘の街並み

「塚口御坊」は、1409(応永16)年に京都にある興正寺の高僧・性曇上人が建立した浄土真宗興正寺別院をさす。この寺は、当時、尼崎地方の一向一揆の拠点として機能した。その後、この塚口御坊を中心に集落が形成され、寺内町として発展。この集落は、周囲に土塁と環濠を巡らせて敵からの攻撃に備える城郭構造をとっており、室町時代から戦国時代には「塚口城」と呼ばれていた。天正年間には、織田信長が伊丹有岡城の荒木村重を攻めた際には、荒木方が出城として「塚口城」を利用したといわれている。現在の阪急神戸線「塚口」駅北東に位置する「浄土真宗興正寺派正玄寺」が、当時、「塚口御坊」と呼ばれた寺院である。

コラム:尼崎市北部の暮らしやすさが自慢の街、塚口
コラム:尼崎市北部の暮らしやすさが自慢の街、塚口

1920(大正9)年になると、梅田・神戸間の神戸本線が開通。同じタイミングで「塚口」駅も開業した。駅の北西に広がる土地の宅地開発を手がけたのは、この地に7万3,000坪の土地を所有する塚口土地株式会社という会社。湿地には土を入れ、通りには水害に備えるために水路を整備、電気や上水道を敷設、さらに学校も誘致し、人が住むためのインフラを整えた。こうして当時、田畑が広がる農村地帯であった場所に、近代的な住宅地が誕生したのだ。新しく拓かれたこの住宅地に移り住んだのは、会社役員や佐官級と呼ばれる階級の高い海軍の軍人など、経済的に余裕のある階層の人々であった。当時開発された土地は、現在も高級住宅街として知られている。

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